
WWDC26 で発表された watchOS 27。しかしアップデートに対応する機種は、Apple Watch Series 9 / Series 10 / Series 11、Apple Watch Ultra 2 / Ultra 3、Apple Watch SE 3 に限られました。つまり Series 8 以前、SE 2、そして 2022 年に登場した 初代 Apple Watch Ultra は対象外 です。
初代 Ultra は当時の最上位モデルで、発売時の価格も 799 ドルから。にもかかわらず、発売から約 4 年でメジャーアップデートの対象から外れることになります。ユーザーから 「高価なモデルを買ったのに」 という不満が出るのは当然でしょう。
ただし、この線引きには Series 9 / Ultra 2 以降と、それ以前の Apple Watch にある ハードウェアとシステムアーキテクチャ上の違い が関係しているとみられます。本記事ではそれについて解説します。
Apple Watch のチップセット
Apple Watch は、SiP (System in Package) と呼ばれる部品を中心に構成されています。これは CPU、メモリ、無線関連部品などを小さなパッケージにまとめ、あたかも一つのチップのように扱えるようにしたものです。
Apple は徹底的な小型化のためにこの SiP を進化させてきましたが、一時期、 CPU 側の進化は停滞していました。 Apple Watch Series 6 の S6 SiP から、Series 8 / SE 2 / 初代 Ultra の S8 SiP まで、CPU の内部識別子は `T8301` で共通 とされています。
一方、Apple Watch Series 9 / Ultra 2 の S9 SiP からは `T8310` 世代に移行しました。Series 10 以降の S10 チップもこの系統で、Series 11 / Ultra 3 / SE 3 も公式仕様上は S10 チップを搭載 しています。watchOS 27 の対応機種は、 この S9 / S10 世代以降に絞られた形です。
`T8301` と `T8310` の決定的な違い
`T8301` も `T8310` も Arm ベースの CPU です。解析ベースでは、`T8301` 世代は A13 系の Thunder 高効率コア、`T8310` 世代は A16 系の Sawtooth 高効率コアをベースにしているとみられます。つまり、どちらも 64bit Arm 系の CPU コアであること自体は変わりません。
しかし watchOS 上では、`T8301` 世代は 通常の 64bit Arm である `arm64` ではなく、`arm64_32` という特殊な ABI (バイナリ形式) で動作してきた という大きな違いがあります。
Apple 自身も WWDC25 の開発者向けセッションで、watchOS 26 から Apple Watch Series 9 以降と Apple Watch Ultra 2 が `arm64` アーキテクチャを使う と説明していました。裏返せば、Series 8 / SE 2 / 初代 Ultra までの世代は、少なくとも watchOS 26 時点では `arm64_32` 世代として残っていたわけです。
`arm64_32` ってなに?
`arm64_32` は、簡単に言えば 命令セットは arm64 のまま、ポインタや `Int` などのデータモデルを 32bit にした ABI です。CPU としては 64bit Arm の命令を使いつつ、メモリ上で扱うポインタなどを 32bit に抑えることで、メモリ使用量を節約できます。
Apple Watch はただでさえ小さなデバイスです。初期の Apple Watch ではメモリ容量も限られており、フルの 64bit データモデルを使う必然性は大きくありませんでした。そこで Apple は、64bit Arm の利点を取り込みながらメモリ効率も稼げる `arm64_32` を採用したわけです。
似た発想として、Arm にはかつて `Thumb` / `Thumb-2` というコード密度を上げる仕組みがありました。ただし、Thumb は命令エンコーディングの話で、`arm64_32` は ABI とデータモデルの話です。両者は同じものではありませんが、限られたメモリやストレージの中で効率を稼ぐという狙いは近いものがあります。
Apple Watch にとって `arm64_32` は、製品初期の制約に合った現実的な選択でした。しかし、オンデバイス AI や高度なフィットネス処理、より複雑な UI などが求められる現在では、特殊な ABI を維持し続けること自体が重荷になってきます。
Apple の選択には合理性もある。しかしユーザーの反発も当然
近年、Apple Watch も高機能化が進み、`arm64_32` はもはや足かせになりつつあります。実際にソフトウェアを開発してみるとわかりますが、異なる ABI やアーキテクチャへの対応を維持するのは大きな負担です。特にウェアラブルデバイスのように処理能力やメモリ容量が限られる分野では、新機能の実装や最適化を進める上で直接的な制約になりかねません。
Apple が `arm64_32` 世代のサポートを打ち切り、`arm64` 世代へ開発対象を揃えたいと考えたとしても、技術的には不自然ではありません。
初代 Apple Watch Ultra は Series 8 と同じ S8 世代とはいえ、Apple Watch の新しい最上位ラインとして登場した製品です。その製品が、発売から約 4 年でメジャーアップデートの対象外になる。この事実は、Apple の製品戦略とサポート方針のミスマッチとして強く受け止められても仕方ありません。
せめて Apple Trade In などで手厚く下取りしてくれれば納得感も出ますが、そこまで期待できるかは微妙なところです。
(なお、Apple の互換性リストでは当初 Series 9 が抜けていましたが、その後対応機種として訂正されています。)











