「中国のインターネットでは海賊版で映像コンテンツが見放題」というのも、今は昔。
中国政府は「めちゃくちゃ厳しく取り締まる」か「ほったらかし」か、という「0か1」のデジタル思考なところがありますが、近年、著作権侵害を「めちゃくちゃ厳しく取り締まる」ことになったため、映像コンテンツも、ちゃんとした映像配信サービスで正規に権利処理されたものを視聴することになっています。
なかでも代表的なサービスは、百度が運営する「爱奇艺(iQIYI)」。「中国のNETFLIX」を以って自認し、日本のコンテンツも多く配信しています。
「ついに中国も課金してコンテンツを視聴する文化が根付いたか」と感慨深いところですが、そんな動画配信サービスiQIYIで、2割から4割の人員を削減する「リストラの嵐」が吹き荒れています。コンテンツ産業は儲からないのでしょうか?これについて詳報している「遠川商業評論」の記事をもとにお伝えします。
この記事はけっこうマニアックなコンテンツ・ビジネスの話ですが、ご覧いただければ日本で普及している動画配信サービスがNETFLIX、アマプラ、Huluといった米国のものばかりで、日本の国産がない理由がなんとなくわかる、日本も中国も同じな「本質的な話」になっておりますので、筆者イチオシです。
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3割前後をリストラ、通年赤字は一千億円
「新浪科技」の報道によれば、iQIYIの人員削減比率は20~40%、すべての業務部門に及び、中でも出費が多い「市場」、「リリース」、「チャネル提携」部門は30~50%、中心業務であるコンテンツ部門は30%前後、ゲーム等の周辺部門は「ほぼ全員解雇」とのこと。
中国の動画配信サービスのこれまでを振り返ると、同名の小説を原作とし、iQIYIでリリースされたネット連続ドラマ『盗墓筆記』が大ヒットしたことで「有料会員」システム普及の道が拓け、『偶像練習生(アイドル研修生)』を代表としたネットバラエティ番組もブームに。
しかし、同時にiQIYIは赤字が続いていました。先月iQIYIが発表した第3四半期報告によると、純利益は17億元の赤字、前年同期比で41.6%拡大。
日本円で四半期300億円の大赤字という気が遠くなるような事態を招いたのは、市場環境や政策の原因もありますが、業界自体の構造的な問題があるといいます。
設立以来赤字が続いているiQIYIが直面する最大の問題は、いかに良いコンテンツ(ドラマとバラエティ)を作るかと同時に、いかにコストを下げるかだといいます。2020年、iQIYIは通年で70億元(1000億円以上!)の赤字を計上しましたが、背景には70%にも達するコンテンツ原価率があるそうです。
金満親会社を背景として仁義なき「札束の投げつけ合い」
映像コンテンツとコストの両立が困難な理由として、次の2つを指摘します。
まず、映像配信は典型的なコンテンツがエンジンとなる業界。良いコンテンツがなければ、消費者はそっぽを向きます。たとえば、2021年第1四半期のiQIYIは、時代劇ドラマ『贅婿』のヒットによって、会員費収入が12.4%増加しましたが、第2四半期はヒットコンテンツ不足により、会員費収入は7.2%減少。
次に、中国国内の競争状態から見て、競争コストが高すぎること。iQIYI、youku(优酷)、Tencent Video(騰訊視頻)は、それぞれ資金力は無限にあるBAT(百度baidu、阿里巴巴alibaba、騰訊Tencent )が親なので、ユーザー獲得のために3社いずれもカネに糸目はつけません。
中国政府は「貧富格差是正」を目的とし、青天井に上がる俳優の出演料に歯止めをかける規制を打ち出しましたが、その後もTencent Video CEO孫忠懐は今後3年間でコンテンツに千億元(約1.8兆円)投入すると豪語。年平均は300億元なので、iQIYIの2020年コンテンツコスト200億元よりも100億元多いことに。「こいつら何をやっているんだ?」と真顔になる札束投げつけ合いですね。
NHK大河そこのけの「高額制作費」
「コンテンツこそ王者」という原則から、制作会社の方が立場が強いことになりますが、iQIYIは2015年からコンテンツの自社制作を開始、「強い立場」を手に入れたものの、制作コストの問題は解決されていないといいます。
公開データによると、2014年にiQIYIと歓瑞がリリースした前出『盗墓筆記』は1話当たり500万元(日本で一番お金をかけているNHK大河ドラマ制作費と、ちょうど同じくらいのようです)を投入し、当時の中国ドラマ制作費の記録を更新しました。しかし、12話6000万元の総コストも、2017年にiQIYIが自社制作したバラエティ『中国有嘻哈』の2億元(30億円台。なんなんですかねこの数字)と比べると、明らかにレベルが変わってしまっています。
こまった問題として、買ったものであろうが自社制作であろうが、消費者はコンテンツにしか興味がなく、プラットフォームはどうでもいいということです。これは中国だけの問題ではなく、中国のプラットフォーマーが目標にしているNETFLIXも、全力でいいコンテンツを囲いこみながら、大量の投資をしてコンテンツをつくったり、クリエイターに無限の裁量を与えたりしているといいます。
ライセンス料は「一括」か「再生回数比例」か?
製作コストを減らせないなら、誰かと一緒に分担しようという話になります。そこで、iQIYIは従来の「バイアウト(買い切り、要はコンテンツを一括払いで制作会社から買い取る)」から2015年に「分配方式」、つまりライセンス料分配(再生回数に応じてライセンス料を支払う)への転換を開始しました。
分配ドラマと分配収入は年々増加し、成績のよかった時代劇『等到烟暖雨收』の分配金額は3500万元(約6億円)、『绝世千金』は4000万元(約7億円)を突破。
しかし、このビジネスモデルには落とし穴が。これは「中くらいのレベル」にしか適用できず、トップレベルのコンテンツ制作会社には通用しません。「うちの作品を流したいなら、とりあえず幾ら積んでください」という話、つまり「バイアウト」になります。
「コンテンツホルダー」の権力は強い
なお、「バイアウト」は往々にして「クソ高い」額をふっかけることになっています。コンテンツホルダーの感覚としては、「おたくのユーザーに、うちの人気作品を見せる権利をあげるんだから当然でしょ」くらいのノリです。
「ドラえもん」も「クレヨンしんちゃん」も見れない配信サービスを、「子供にみせる」という目的で契約しますか?と考えると、如何にコンテンツホルダーの「権力」が強いかが想像できると思います。
バイアウトの場合、制作会社の収入はプラットフォーマーから得るわけで、視聴者ではありません。一方の分配方式は直接に「ウケるか」について責任を負うことになります。
たとえばディズニーだと、傘下のHuluは「分配」方式での運用となっており、「分配+定期購読」モデルを採用、コンテンツホルダーは広告とライセンス料によって分配が得られることになっており、Huluはこれで製作コストリスクを分担することにしているとのこと。
Tencent Videoは「独占配信コンテンツは100%分配」「1500万再生以上の一部は100%補填」といった策によって、なんとかトップレベルの制作会社を「分配」の方へ引き込もうとしているそうです。
まとめ
最近の中国の映像コンテンツを見ると、「カネがかかっているなあ」といつも感じます。「シン・ゴジラ」を中国人に観せたら「これ最近の日本の代表的超大作映画でしょ?それにしては安っぽくない?」とほざかれたのですが、iQIYIの作品は年間1000億円以上の大赤字によって製作されていたのかと思うと、「本当にシン・ゴジラよりカネかけてるんだろうなあ」と苦笑するしかないところ。
なにせ、ドラマ1話あたりの制作費が「NHK大河ドラマなみ」なのが7年前というお話なので、日本国産の映像作品配信サービスが育っていないのも、「そりゃそうでしょ」と苦笑するほかありませんね。
これまでグラフィックなどの演出過多な中国ドラマを観て「成金趣味」と思っていましたが、「良いコンテンツを世に届けようと、年間一千億円の赤字を出しながら作っている」と認識を改めると、膝を正して観ようという気になりました。