依然として世界スマホメーカー首位の座を占める、Samsung。しかし中国市場では販売台数が右肩下がり、2012年には3割に迫るまでだったシェアが、2019年Q3には0.9%まで下落し壊滅状態に。何故このような惨状になったのか、Samsungに7年近く勤務していたという高級養成師「Jason玺」が21世紀商業評論によるインタビューで明らかにしました。
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元社員Jason玺氏の経歴
「私は2011年3月にSamsung中国に入社し、もうすぐで7年になります。Samsung養成師は4つめの仕事で、入ってすぐのときはディスプレイを担当しました。2011年から2014年の間、会社の営業収入は倍々で成長し、スマホ業務部門の功労が最も大きく、ディスプレイはそんなに多く稼いでいませんでしたが、それでも黒字状態を維持していました。
2013年、Samsung中国の養成部門が整理され、あるときにはスマホ部門の人手が足りず、私が応援に行く必要がありました。私は2013年からスマホ業務に接触し始め、2014年にスマホ養成業務を正式に担当することになりました」
と、いうのが話者のそれまでの経歴。
Samsungの現地化努力
意外にもSONYが一歩先
ここから、Samsung中国の「本土化」、中国現地化についてのお話。
「始まったばかりの頃、Samsungの現地化はとてもよくやっていました、韓国の職員は中国で仕事するようになると、みな中国語を学習しなければなりません。韓国味(の中国語)かもしれませんが、みんな意思疎通することができました。Samsung(中国)の公用語は中国語と韓国語で、この多国籍企業には、英語がありませんでした。
Samsungと比べると、私はソニーの現地化が、さらによくやっていると思います。私は以前ソニーにもいたことがあります、とても多くのソニーから出てきた職員が、みなソニーはSamsungよりも規範化されているといいます。言い方を変えると、Samsungは民間企業とソニーなどの第一線欧米企業の間、というような状態です。
ソニー中国の日本(籍)職員が非常に少なく、直接中国人を用いて管理していました。たとえば、私がソニーで仕事をしていたころ、華西地区の営業部門のトップは成都人でした。Samsungだと、このポジションには韓国籍の職員が座っています、私の直属同士もみな韓国人です。中層レベルもまた韓国籍職員で、これはSamsungの現地化によくない影響を作り出しています」
どうやら日本企業の中国支社は管理職が日本人ばかりみたいなイメージに反して、ソニーは中国人を積極的に起用しているようですね。そういえばパナソニックの中国現地法人社長も、中国人。意外というべきか、日本企業の中国現地法人は、かなり現地化しているようです。
一方、Samsungは中層の管理職まで韓国人ばかり、というのは、おそらく海外で韓国人グループと付き合いのあった人からすれば、「なるほど」と納得行くのではないでしょうか。よく日本人駐在員は現地で日本人同士で固まり、日本料理ばかり食べて現地に溶け込む努力をしない、と言われますが、この傾向は韓国人のほうが更に強いと、私は上海在住経験から感じました。
2017年に中国人でもトップになれるよう改革
「2017年、権桂賢が大中華区総裁に昇進後、最初にやったのは、従来韓国籍の職員がトップだった7大区をすべて撤回し、更に細かい区域に分けたことでした。これをやった目的は、中国籍の職員をつけることでした。『大区』管理層の位は比較的高く、中国側の職員のなかに、こんなに高い位の職員は数が多くなく、Samsungが中国市場で現地化を進める上での障碍になっていました」
と、どうやら担当エリアの単位を縮小することによって、中国籍の職員でもトップになれるよう、改革がなされたようですね。
兵隊さんの位で言えば、大隊単位で編成すると大隊長は佐官でなければならず、佐官級の中国人がいないことから、中国人を部隊長にすることができない。これを中隊単位の編成とすれば、尉官級でも中隊長になれる、ということでしょう。通じるか少し不安なので、もっとざっくり言えば、従来のユニットは部長級だったのを、課長級に改めた、という理解でよろしいでしょう(これは例で、Samsungの中国各エリア長が課長級かは知りません)。
Galaxy Note7爆発事件
さて、Samsungの中国市場大失速の原因となったのは、やはりあれが契機、「Note7爆発事件」。
当初説明は「中国市場は大丈夫」
「Note7爆発事件後、このことに関係する会議に私は全部参加して、基本的に全体的な事案の発展全過程を見てきました。
最初に召集された発表会で、Samsungは製品爆発は電池の問題だと説明しました。当時、Samsung本社が中国区管理層に通知したのは、検査の結果、中国区の製品はメディアに渡したテスト機以外、その他の製品が採用している電池は、国外の電池と異なる、というものでした。
当時出した最初の声明で、中国区のNote7が使っているのは『安全な電池』であり、製品は中国国内市場で予定通り発売する、としました。」
中国国内でもやはり爆発
「後に、中国国内でNote7の爆発事件が発生し、Samsungはユーザーのスマホを回収して原因を分析しました。3例を回収しただけの段階で、実験室でテストしたところ、結果は国外製品と爆発原因が同じではないということでした。報告はSamsungに引導を渡すものでした、電池は問題なく、爆発はその他の原因によるというものでした」
ここまで話を聞いただけで、「本当にあった怖い話」、という感じですね。怪談はまだ続きます。
「社内で、回収あるいは販売停止の声はずっとありました、しかしSamsungは最初の実験報告によって引きずられていきました。すべての証拠によって明らかなように、中国国外のNote7は電池が爆発を引き起こした、国内はこの原因ではない、管理層は直接損失が数億元に昇るリスクを犯して、製品回収を宣言することはありません。
事実として、区別しての対応が問題を引き起こすことになりました。もし中国区で販売されているNote7が、このあと爆発を起こすことがなければ、製品に問題なしということになり、グローバル市場でも電池を交換すれば販売を継続できることとなります。さらには、中国国内でこの関門を乗り越えることで、中国市場を非常に重視しており、最も安全な電池を採用している、ということにも。
中国国外のNote7が回収されたあと、また新電池の爆発事件がありました。これは両方の電池、いずれも問題があるということで、続いて全世界での回収となりました。」
全回収になるが、中国区管理層にとっては不幸中の幸いか
「全世界、及び中国国内の管理層は、再検討をすることになりました。私がみるに、これはSamsung中国の経営陣にとって、もしかするといい事だったかもしれません。
というのも、Samsungのこれまで数モデルの製品は、販売台数が右肩下がりで、Note7はSamsung中国を試すことになっていて、もし販売がよくなければ、管理層は入れ替えとなるところでした。Note7の製品自体に欠陥があったということで、販売数不振の責任は問われず、中国区チームには責任なしとなったからです。しかし、実は、Samsungの販売モデルは2014年には中国市場に適応しなくなっていました」
これまでの経営にも問題があったにもかかわらず、他にもっと致命的な問題が外部的に発生したため、内在的な問題に気づくのが遅れた……ということでしょうか。ますます話が怖くなってきましたね。
Samsungの従来の強み
Samsungの従来の強みは、製品と販売チャネル
「営利企業が成功するかは、ファンの信用を勝ち取れるかではなく、一般消費者に信用されるかであり、多くの会社はファンの作用を過大に見ています。Note7事件は、一般消費者の信用を打ち砕いてしまっており、信用を取り戻すためには、長い時間の艱難辛苦が必要となります。
Samsungは小売企業ではありません。中国国内でよく売れているスマホメーカーは、必ず4P(製品、チャネル、価格、販促)において、2、3の優勢があるものです。例えば小米は、定価よし、製品よし、といったように。
2013年以前、Samsungは製品よし、チャネルよしでした。当時、中国国内には天音、中郵普泰、愛施徳、普天太力の4大携帯電話代理販売業者がいました。Samsungの販売チャネルが採用しているのは「国代(国単位での代理)」制度で、定形が比較的多いのは天音と愛施徳でした。
Samsungは直接代理商に製品を供給し、代理商がスマホを全国各地に販売していました。Samsungがお金をかけて営業をする他、代理商も一部の営業業務を担ったわけです」
Apple模倣の改革、裏目に出る
「2013年、Samsungは改革をし、『省包制(省単位での請負)』を導入しました。中間をひとつ飛び越えて、省の代理に販売させるものです。チャネル上での改変がSamsungに与えた影響は非常に大きく、よくなることはありませんでした
Samsungはなぜこのような調整をしたのか?Appleに学んでのことです。
Appleは小売に注力している会社ですが、Samsungは表層だけで、Appleから多くの真髄を学ぶことはありませんでした。結果として、小売商でもないのに、小売商がやることをしたがることになったのです」
そういえば同じ時期、Samsungは日本でもAppleを真似するかのように、家電量販店などに「Samsungストア」を展開し始めましたね。あれの効果は知りませんが、まさしく「よくわからんけれども、ライバルのやっていることをうちもやったろうの精神」という感じはします。
「2013年Samsungのスマホ製品は比較的売れ行きがよく、直接販売業者に在庫を供給しており、これでは販売業者の能力は見えてきません。Appleのやり方というのは、スマホ周辺商品の販売額を見て、もし販売業者が周辺商品の売れ行きがよくないと、Appleは提携を打ち切る可能性があります。また、更には販売業者に対して、アップル製品専門の販売人員の募集を要求し、Appleはその販売人員の人件費を支払う、これがまさにAppleが販売業者を改造する能力です」
病理は根幹、爆発事件はただのきっかけ
「Samsungスマホの問題は小売方面にあらわれ、製品販売台数の止まらない下落を招きました。Note7爆発事件はほんのきっかけであり、きっかけが少し大きすぎ、早すぎただけです。もしあの事件がなかったとしても、Samsungのスマホの中国市場での販売台数は、依然として下落していたでしょう。私のSamsungの定義は、『理系男子』のブランドでした。それが、セクシーな消費者に平手打ちを食らうことになりました。
Note7事件で、Samsungは何を間違ったのでしょうか?みなSamsungの製品管理がクソだと罵りましたが、これは表面上に過ぎず、根本的にはやはり、小売会社なのかというところで、もし小売企業ならば、消費者の感覚に注意するでしょう。消費者への注意が少ないことが、コミュニケーションの失敗を招きました」
確かにNote7爆発事件は中国市場での致命傷になったものの、既に病は相当なところまで進行していた……と、いうことですね。また、人事面でも「高齢化」が進んでいるそうです。
Samsung社内の年齢構成の変化
「Samsungで若者はどんどん少なくなり、全体的な年齢が高めに偏っており、これもSamsungの問題です。中国スマホメーカーは急速に拡大しているので、とても多くの管理職のポジションが空いています。一方のSamsungは、マネージャーは皆30歳以上、とても安定していて、短期間内に変動することはありません。その他の人はどうするか?待つしかないです。
私が今年のはじめに転職したのは、大きな決心でした。給料も、福利厚生の待遇も悪くなく、本音としても、Samsungであと10年やっても問題ありません。しかし考えてみると、35歳まで待ったとして、どこの企業も欲しがらないでしょう、誰がSamsungが私を一生養ってくれると保証してくれるでしょうか。
私は外に出てから、Samsungの年齢構成の老化に気づきました。社内には高齢の職員が多すぎ、その多くは家族持ちで安定を求めてのことです。これはリスクをとるのを回避することを招きます。
例えば、今日新しいスマホが出たとして、市場戦略が2種類あるとします。ひとつは、リスクなし、製品は10台売れる、もう1つは、100台売れるかも知れないし、1台も売れないかもしれない。
みんなに選んでもらうと、若い人は博打を、年をとった人は10台を選ぶでしょう、もし負ければ会社が業績が悪いからとあなたをクビにすることもできるので。中国スマホメーカーは、人員構成が若年化しており、彼らは博打を選びます、もちろん、ある人は勝つし、ある人は負けることになります。
Samsungの安定志向は、製品だけでなく営業もそうです。ここ2年、Samsungもアイドルをイメージキャラクターに起用しています。以前、Galaxy Note 3で趙薇を起用したほかは、アイドルを起用したことはありませんでした。今では、Galaxy S9が何人かの芸能人を起用し、張芸興がアジア地区のブランドイメージキャラクターになっています。
言ってしまうと、土壇場に追い詰められると、賭けに出るほかなくなります。だとしても、私は依然として、Samsungはお金をかけて勝負しているだけだと感じています、これはSamsungにとって簡単すぎるでしょう、Samsungはお金には事欠きませんから。
競争相手は、元の場所であなたの進化を待ってくれません。Samsungが改める速度は、他人と比べて速くなく、落後するしかない。しかも、積み重なると引き返せなくなります、今の経営陣は第一線から引き上げられてきていて、既に元々のテンポが染み付いているので、すぐに観念を転換することは難しいでしょう」
社員の高齢化と、それが招く「事なかれ主義」、Samsungも見事に「大企業病」に罹っている、という指摘。しかし、中国市場を放棄することはない、といいます。
それでもSamsungが中国市場を放棄しない理由
少し落ちぶれても優等生
「Samsungのスマホ業務が中国市場から撤退することはありません。
第一に、Samsungのスマホがグローバル市場でリードを保持するためには、ひとり中国市場から撤退することはありえません。Samsungは依然として世界第1位であり、業績はとてもいいです。S9を例に取ると、年初に韓国Samsung本社の友人に聞いてみると、向こうは売れ行きが良くない、全世界で3,000万台しか売れていないと。どんな感じですか?試験が終わって、クラスで1位の同級生が、今回の試験はダメだった、95点しかとれなかった、というようなものです。単一のモデルが世界で3,000万台売れる、どの中国メーカーの社長もこれができれば、自分の笑い声で夢から覚めるでしょう」
やはり、いくら華為が猛追しているとは言え、さすがは長年世界1位を保っている王の中の王、レベルの違いを感じますね。
再参入コストの高さ
「第二、中国市場から撤退すれば、再度参入するときのコストが高すぎます。麻雀に似ています、今日負けているとしても、やめなければ取り戻す機会があります。もし卓を下りて辞めると言ってしまえば、またいつ帰ってくるか?5年後も消費者に忘れられないようにするのは、とても難しいです。
Nokia(HMD Global)は換骨奪胎して中国市場に帰ってきましたが、動きが見えてきません。Samsungのスマホは中国国内で問題があったとしても、スマホ市場でこのブランドは避けて通れません。中国国産スマホの発表会でも、Samsungを持ち出して比較する人もいます。
市場シェアがどれだけ縮小しようとも、蘇寧、国美といった量販店の売場では依然としてSamsungのスマホを見ることができます。Samsungはこの市場を放棄したくないでしょうし、毎年キャリアと提携もしていて、先月も中国電信(China Telecom)と共同でWシリーズの新機種を発表しました」
確かに、まさに撤退後の「大陸反攻」を試みたシャープは、販売チャネルを構築することができず、無残な販売結果となってしまいましたね。麻雀の例については、私の経験から言えば、負けが込んでくるとあまり続けてもいいことはないと思いますが、まあこの場合は中国市場以外で負けを取り戻せるという前提なので、「レートを倍にしよう」みたいなバカなことをしない限りは続けたほうがいいのでしょう。
スマホ以外でも収益
「最後に、Samsungのほかの優位点は、事業規模が大きく、何があっても収入の道はあることです。スマホの売れ行きが悪くても、Samsungはサプライチェーンを握っており、その他の製品、例えばメモリ、ディスプレイなど、中国のスマホメーカーが避けて通るのは難しいです。Samsungはサプライチェーンへのコントロールを通じて、適時適切にスマホ製品を調整することができます。
Samsungにとって、いかに消費者と向き合うか、スマホを売るかが、改めなければならないところです。Samsungの会長から、すべての職員に到るまで調整が必要です。残念ながら、上層部が変革の意思をもっていても、ティラノサウルスが大脳の命令が尻尾に伝わるまで時間がかかるようなもので、この時間、市場がSamsungを待ってくれるでしょうか?」
中国メーカーは学びの対象
「Samsungも不断に進化を続けています。Note9の発表会で、SamsungはIOT設備を推しています。続いて、Samsungは中国国内に旗艦店を開いています。Samsungの模倣能力はとても強く、小米、華為、OPPO、vivoなどその他のメーカーは、どれもSamsungの学習対象です。
折り畳みスマホ及びすぐにやってくる5Gは、Samsungにとって優位性のあるところです。しかし5年以内に中国市場で復活する率は高くないでしょう。Samsungは時間をかけて膿を出し切る必要があります。
いまの中国市場には、こんなにも多くの優秀な国産メーカーがあり、Samsungは彼らとしのぎを削りながら自己修復もしなければならず、どちらも難しいことです。中国市場を放棄せず、復活することは、長い時間のかかる過程であることは間違いないでしょう」
要約
以上、Note7爆発事件を契機として中国市場でのシェアが壊滅状態となったSamsungですが、実はNote7が爆発しなかったとしても、販売上の問題から、シェアは下落する運命にあった、その背景には企業自体の高齢化と保守化といった大企業病が潜んでいる、しかしSamsungが中国市場を放棄することはない、なぜなら大企業であるがゆえにスマホ販売不振にも耐えられるし、世界市場でリードを保つため、中国市場での再起のためには耐える必要があるからだ、という、元Samsung中国中の人によるお話でした。