今年2月、中国江蘇省の男性・李亜明(仮名)によると、インターネット求人サイト「58同城」に掲載されている求人広告に応募したところ、カンボジアへと密航するよう脅迫され、インターネット詐欺への参加を拒むと「血液奴隷」とされました。
何を言っているのかわからないかも知れませんが、カンボジアへ売り飛ばされて輸血用の血を抜くための血液製造機にされたようです。これでも「???」なところがありますが、イメージとしては漫画『彼岸島』の、吸血鬼に囚われた人間が拘束されながら栄養をチューブで送り込まれて血を吸われ続ける「吸血椅子」を想像すれば、たぶん概ね合っているのではと思います。
この「カンボジア血液奴隷事件」はもちろん、事件の発端となった「58同城」も、話題と批判の的に。
中国「界面新聞」によると、58同城のやらかしは初めてのことではなく、微博(SNS)上でも「詐欺師の集会所」「自分も千回騙された」「卒業後のインターンで、まず58に現実の恐ろしさを思い知らされた」といった怒りの声にあふれていると言います。
こういうニュースを出すと「中国崩壊ニュース」みたいな扱いがされそうで少し気がひけるのですが、私は中国の国際的なイメージ向上のために記事を書いているわけではないのでそこは気にせず、以下、「界面新聞」をもとにお伝えします。
1回の「吸血量」1.5リットル
2021年5月、20代男性の李亜明は「58同城」で広西のナイトクラブが月給5000元で警備員を募集しているのを見て応募、面接を受けたところ、そのまま誘拐されてカンボジアへ売り飛ばされ、3回の転売を経て、最終的に「人型血袋」にされました。その理由は、この男性の血液型が希少なRH-O型だったからとのこと。半年間で7回、45日ごとに1500mlの血を抜かれたといいます。
貧血になった李は、全身がむくみ、腹水、肝硬変などの症状があらわれ、下半身はとくにむくみが激しく、平常時の数倍に。最終的に、詐欺会社内の一人の中国人が見かねて連れ出し、現地の華人によって助けられました。
「カンボジア血液奴隷事件」は社会に衝撃を与えるとともに、58同城にも轟々たる非難の声が浴びせられています。なお、58同城は本件に対して「被害者に深く同情するとともに、関連部門と連携して、本件について調査を続けているものの、被害者が見た求人が58同城かについて特定できておらず、当該企業の求人情報も確認できていない」としています。
責任回避に躍起の求人サイト「58同城」
これについて、界面新聞は「責任を回避しているに過ぎない。李は既に健康を回復し、意識もはっきりしており、20歳以上の彼が自分の応募した求人サイトを覚え間違えているとは考えがたいし、58同城を陥れる動機もない」と厳しい指摘。
さらに、「『当該企業の求人情報も確認できていない』とは今後発生しうる法律責任を回避しようとするものだ。江蘇省の兄ちゃんが当時スクショさえとっていなければ、またはその他に58同城の求人に応募して騙されたという証拠がなければ、58同城はこの企業のすべてのデータを削除すれば、証拠を隠滅できる」と糾弾します。
58同城は2月18日に再び「58同城は十分に警察による捜査に協力していますが、いまだ報道されている企業の求人情報を確認できておりません。58同城は情報の審査を非常に重視しており、企業の登録資格への審査と企業の合法的登録確保に努めており、ユーザーが真実の、有効な求人情報を閲覧できるよう保障しています」と声明。
「審査を非常に重視」について、界面新聞は「とはいうが、『58同城』『虚假招聘(虚偽求人)』で最高人民法院の裁判文書検索にかけてみると、大量の求職者が虚偽求人に騙された例が出てくる。もし李が58同城をとおして虚偽求人情報にたどりついたと警察が確認すれば、58同城が企業の審査をできていなかったことが明らかになる」と攻め立てます。
中国最大の「詐欺師集積地」
中国のクレームプラットフォーム「黒猫投訴」に寄せられた58同城に関する苦情は1万1599件に達します。トイレの水が詰まったトラブルで2200元取られたという、日本でも冷蔵庫に貼るマグネットの業者でありがちな小さなものから、麻薬密輸事件のような大きなものまでカバー。
58同城は2005年に開設されましたが、当時のインターネットは個別のホームページが主流の時代で、不動産、求人、エロ、共同購入クーポン(昔ありましたねぇ)、交流、中古品、自動車、旅行などといった膨大なジャンルの情報が掲載されたプラットフォームはまだ珍しく、58同城は10年の栄華を誇りました。
当時、58同城は「電柱の張り紙広告」に取って代わり、新聞広告のシェアを奪っていきました。創業者は58同城を「地域の暮らし情報の最初の入り口」とし、「誰もが信頼できる生活サービスプラットフォーム」にすることを目標にしました。それから13年、58同城は進めば進むほど軌道がそれ、誰もが信頼できるどころか「詐欺師」と罵声を浴び、血液奴隷事件のなかでは、「中国最大の詐欺師集積地」とまで称されるところまできています。
どうしてこうなった?
何故こうなったかですが、58同城の本質は「アクセス数商法」であり、さらに言えばアクセス数の背景には膨大な業者がいることになります。業者はユーザーからのアクセスを呼び込もうとし、ここでおカネが介在してきます。膨大なアクセス数をたのみに、一方では会員費と広告で稼ぎつつ、情報の非対称性を利用して中間業者としてさや抜きするビジネスも成立します。
長年、58同城は驚きの粗利率を誇ってきました。58同城で最も儲けを出している業務こそ、「いちばん嘘ばっかり」と言われる「求人」と「不動産」。2014年、58同城の粗利率は驚異の95%。濡れ手に粟ですね。そこから下降を続けたものの、公開市場から撤退した2020年第1四半期も87.9%です。
さて、58同城の「中間業者」という立ち位置ですが、「グレーゾーン」の温床ともなります。取引に参加することなく、「架け橋」になることで会員費と広告費を稼ぐということは、主に業者からカネをとるという話に。58同城で最も積極的に課金するのは、常に各種の取次です。取次ばかりやっていると、業者のカネを頼りにするわけで、一方で不良業者を排除したいというのは、58同城にとって悩みのタネとなりました。
つまり、虚偽情報を排除するにはその運営コストを必要とする上に、排除すると客が減るという、極めて単純な問題が持ち上がるわけです。「え?なにその罰ゲーム」って感じですね。
そんなわけで、58同城はこのパラドックスに悩まされることになり、実際、58同城は情報が乱雑で、敷居が低く、詐欺師に利用されやすい環境となりました。闇市ですね。
だましだましやっていたとこに大事件が発生、ユーザーの信用を失ってしまった58同城は、これまで頼みにしていたアクセス数が崩壊しようとしている危機に直面しています。
まとめ
トイレが詰まったときに探すレベルの「信用できる身近な情報収集源」を目指したプラットフォーマーが、「多くの業者が参入」というビジネスモデルから、登録している業者の審査がおろそかになり、「詐欺師の集積地」といわれ、ついにはユーザーがカンボジアへ売られて吸血椅子に座らされる、漫画のような大事件になってしまいました。
「血液奴隷」は現代怪談ですが、一方で、コストはカネで買えるが信用はカネでは買えないという結果は、現代寓話というべきでしょうか。