米国トランプ政権から、厳しい「狙い撃ち」を受けている中国・華為(Huawei)。Googleがオープンソースを除くサービスの停止を表明したのには、華為自主開発OS「プロジェクトB」で対抗、早くても今年秋にはリリースすると中国国内で報じられ、一息ついたかのように見えました。
ところが5月22日、ソフトバンク傘下の英ARM社による華為との取引停止がBBCにより伝えられました。ARMは華為の自主開発処理チップ「Kirin(麒麟)」チップはCPUコアとGPUコアをARM開発ベースとしており、スマートフォン・ハードウェアの根幹というべき箇所で、大きな危機に直面しています。
華為社は報道に対して、「我々は提携パートナーとの密接な関係を重視するが、彼らがある政治的な動機による決定によって圧力を受けていることを理解している。我々は、この遺憾な局面が解決されることを信じており、我々の第一の任務は、全世界のユーザーに世界一流の技術と製品を供給し続けることだ」との短いコメントを発表しましたが、23日午前の時点では、具体的な対応についてのコメントは発表されていません。
はたして華為はスマホ事業を継続できるのか?中国国内での見方をご紹介します。
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ARM取引停止、ファーウェイのスマホ事業に与える影響は?中国の分析士・業界関係者達の見解
環球時報の分析士
まずは、「大本営発表」というべき、中国共産党機関紙「環球時報」による北京時間22日夜の報道。
英国BBCの報道を伝えた上で、「ある分析人士(専門家、アナリスト)」のコメントを紹介しています。それによると、もしもこの措置が比較的長期にわたって継続された場合、華為の業務は「克服不可能」な打撃となる。華為による自己チップ開発能力に極めて大きく影響し、そのうち多くのチップは今のところすべてARMの基礎技術によって製造されており、華為はそのためにライセンスを購入している。もしもARMと袂を分かてば、華為は次世代の麒麟チップを開発することが困難になる、とのこと。
この措置が比較的長期にわたって継続された場合、「克服不可能」という強い表現が登場しており、中国の「大本営報道部」としても極めて重大事として認識しているようです。なお、これまで「スマホを買い換えろ胡錫進」とネットで揶揄されながらもiPhoneを愛用していた環球時報編集長は20日、華為P30 Proにスマホを買い替えています。
ARMとの取引停止が与える影響は極めて大きい、ということはわかりましたが、具体的に、どのような取引が停止され、どのような問題が発生するのでしょうか。「中国証券報」が23日午前に複数の専門家からコメントどりをして詳しく伝えているのをご紹介します。
「中国証券報」が取材した専門家たちの意見は、次のとおりです。
中信証券電子チーム首席分析士徐涛
「華為が購入したのはARM一部CPU構造の永久ライセンス(比較的ハイエンドであり非常に高価なライセンス)だ。その基本的な意味は、ARMと命令セット基盤を、任意に修正と使用できるということで、華為はそのARM構造にもとづいて麒麟シリーズCPUをリリースしている。
構造(アーキテクチャ設計)を改造して命令を加えるのも非常に難しいことで、CPUへの深い理解が必要となり、AppleのAシリーズチップ、Samsungのオリオン、華為の麒麟はいずれも、名と実体をそなえた自分のCPUだ、ただしいずれもARM基礎構造ライセンスに基づいている。
個人的な理解として、極端な状況下で、既に購入した構造ライセンスは影響を受けず、今後も変わらず使用できる。ただし、バグとりやパッチをあてるような技術サポートやアップデートサービスには影響を受ける」
こちらのコメントによると、華為が基礎としているARM構造自体は、今後も変わらずに使用や改造が可能であるものの、アップデートなどを受けることができない、ということですね。次のコメントを見てみましょう。
某大手証券会社集積回路分析士
「華為子会社の海思(HiSilicon)はArm v8構造の永久ライセンスを購入しており、短期的な影響は大きくない。後続は、更に自主研究に頼らなければならない。しかし完全に自主(研究)となれば、性能上大きな差が出てしまうだろう、5~10年くらいは遅れているとみられる。これは一つのエコシステムであり、短期で解決できるものではなく、ゆっくりと蓄積しなければならない。一般論から言えば、総合的な性能と電力消費を考慮するのが、今の所のCPUの最適解であり、Arm構造を棄てることはできない。パソコンにせよスマホにせよ、国内では未だに自主構造に手を付けていない。実際のところ、華為海思は既に十分よくやっている」
短期的な影響は大きくないものの、今後は自主研究に頼らなければならず、完全に自主研究でチップを作ると、5~10年は遅れている、ということですね。なかなか状況が具体的になってきました。
某チップ設計企業部長級関係者
「Arm v8構造は『売り切り』のもので、近々に海思(HiSilicon)へ与える影響は大きくない。華為の能力ならCPU命令セットの問題も、自主研究で解決できる。しかし、オンチップ配線とメモリインタフェース、内部メモリのユニットなどは、比較的大きな挑戦となるだろう」
高周波チップ設計企業副総経理
「海思の製品への影響は大きくない、なんといっても既にライセンスがあるのだから。未来の製品はなんともいえない。長期的に見れば、華為は(命令セット)を自主研究する能力があるが、時間が必要だし、同時にエコシステムも作らなければならない」
今後、華為が長期的に自力更生でやっていくとした場合、CPU命令セットはなんとか解決できるとして、楽観できない部分もある、という感じですね。
某投資業界関係者
「ARMのIPライセンスは簡単なところから難しいところまであり、大まかに言えば構造ライセンス、ソフトコアライセンス、ハードコアライセンスの3種類に分かれる。そのうち、海思、Apple、クアルコムはいずれも構造ライセンスであり、ARMは最も基礎的な命令セットのみを提供している。一方、中国国内その他メーカーの大部分はソフトコアライセンスであり、ARMは整ったRTLを提供している。比べてみれば、海思の研究開発の実力が十分に見て取れる。実際のところ、更に重視しないといけないのはARM v9の進展であり、華為は未来の製品について未だ契約していない。よって、ARM v9がリリースされる前に禁止令の問題が解決できなければ、海思の競争力を下げることになる」
まとめ:短期は大丈夫、長期は極めて厳しい
以上、「中国証券報」で紹介された専門家のコメントを総合すると、ARMによる取引中止による影響は、次のような状況にあるようです。
- まず、ARMが取引を停止しても、Kirinチップで使用しているARM構造は継続して使用が可能。今後新たにリリースするKirinチップでも、ARM構造を使用できる。
- ただし、新たなKirinはARMのアップデートを受けられない。新たなKirinを作り続けることは可能だが、華為・海思の自己技術はARMと比べれば5~10年ほど遅れており、この遅れはエコシステムの蓄積にもよることから、一朝一夕で挽回するのは難しい。
- よって、短期的には問題がないが、長期的、具体的に言えばARM v9がリリースされた時点で、華為・海思のチップは性能上劣位に立つことになると見られる。
この事態に、華為、そして中国政府はどう対応するのか。米国政府の華為攻撃はどこまで続くのか、華為のスマホ事業は今後も継続できるのか。目の離せない展開になっています。今後も続報があればお知らせします。