この道30年以上、中国コンピューター捜査の生き字引き

30年のベテラン、中国警察サイバー捜査官

 インターネット関連企業への強力な統制、サイバー捜査、どれも中国の警察が得意としている印象がありますが、どのような人がこの仕事を担っているのでしょうか。

 中国「澎湃新聞」に、1985年配属、大学でコンピューターを専攻したときに使用していた記憶媒体はパンチカード、その後ネットゲーム会社の警務室勤務なども経たという、上海で最も古株のコンピューター捜査官についての記事が掲載されていたので、ご紹介します。

 上海浦東公安分局網安支隊の人民警察、林泳は、1985年に上海大学計算機専攻を卒業後、上海市公安局に入りました。上海で最も早くコンピューターを運用して違法犯罪を取り締まり始めた民警の一人だといいます。

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 所属を日本風にいえば、上海市公安局は警察本部に相当、浦東公安分局は警察署、網安支隊はサイバー安全課、といったところです。

 林泳が学部で計算機専攻を履修していた頃、コンピューターはいまだパンチカードで保存をする「石器時代」にあり、当時の中国国内コンピューター技術は未熟であったものの、その潜在力は既に人の知るところにあったといいます。

刑事事件捜査の効率化で活躍

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 大学卒業後、上海市公安局刑事偵査総隊技術科(現刑事技術研究所)に配属され、ここから彼の警察人生が始まったそうです。「上海市警察本部刑事部技術科」ですね。

 1980年代、民警は刑事事件捜査のなかで、長年蓄積されたデータと経験から判断と分析をしており、「当時の刑事専門家と化学捜査員は通常、手帳に需要なデータを記録し、過去に記録したデータと対照し、一歩一歩現場を復元しており、効率がよくなかった」といいます。

 林永の任務は歴史データを分類・要約してコンピューターに入力、プログラムを書き起こし、以後案件は現場のデータを入力するだけで、コンピューターがすぐに範囲値をはじき出すようにすることでした。「こうすれば効率も上がるし、潜在する経験による判断偏差を防ぐこともできる」そうです。

 しかし彼が最も誇りにしていることは、小組の一員として国内で最初の「生物痕跡識別システム」プロジェクトの研究開発に参加したことだと言います。

 1980年代中頃、警察による刑事捜査の実際情況の需要から、コンピューター技術を利用して生物痕跡の識別と対比がスケジュールに上ったそうです。当時、米、日、英の3カ国がこの技術を握っていた状況で、中国は自主研究開発を決定、上海刑事科学研究所と北京大学の合作により完成されました。日本なら確実にプロジェクトXネタになってますね。

 当時、上海刑事科学研究所と合作した北京大学の学者はいずれも数学方面での最高専門家であったものの、彼らは刑事捜査の実践への理解に欠けており、彼らが常用する数学モデルは刑事捜査学、痕跡学の実践とは合わない部分があり、林泳は彼らをつなぐ架け橋として、双方の意見を要約・交換し、数学モデルと刑事実践データのすり合わせを続けました。1992年、このプロジェクトは正式に通過、運用が開始されました。

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分野はインターネットへ

 1998年、林泳は浦東公安分局に赴任、当時科学技術処の下に設けられた計算機管理課で仕事をします。

 「私が若いころ、やっていたのはみなプリペイドカードを盗用してのアクセスなどの類の案件だったが、インターネットの発展速度はあまりにも早く、短い数年で状況がまた完全に変わった、ネット安全工作をやるには普段の学習と進歩をして、ようやく形勢に追いつける」と言います。

 この数年間に、林泳は高速ブロードバンド、電子ビジネスなどインターネットの新名詞の誕生と、消え去るのを見守ってきたといいます。急速に発展する技術はネット安全工作の領域も、インターネット上の情報による発見からインターネットに関係する違法な線への監視、インターネット企業の管理・制御まで、不断に延長させていったそうです。

 2010年、「インターネット利用者とインターネット運営企業からの需要にこたえ」、公安部(警察庁に相当)の取り組みとして、インターネット安全部門を設置する「警務室」が正式に、各重点インターネット企業に入りました。警察の分所を企業内に設けたわけですね。

 初の試みにあたり、自然と大ベテランを招いて重しとし、企業による情報の安全保護、インターネット利用者への法律法規の宣伝を指導せねばならず、林泳は第一線に駆り出されたといいます。

「ネトゲ運営会社」の警務室へ

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 「当時私が警務室に行き、進駐したのはインターネットゲームの運営会社でしたが、当時この領域は触れたことがありませんでした。しかし、我々のこの部門はこういうもので、永遠に新しいものを勉強しないといけません」林泳がいつも言うのは、事務所で座っていては物事を勉強することはできず、第一線に行って企業とコミュニケーションをとって、はじめて最新の動態が把握でき、最新のインターネット技術と趨勢を学び取ることができるということだそうです。

 このために、当時既に不惑(40歳)を過ぎた林泳は初心に帰り、職場やインターネット企業の20~30歳の若者に虚心に教えを乞い、インターネットゲーム会社の重点とユーザーの考え方とニーズを少しずつ理解していったといいます。

 警務室が成立すると、天下のゲームユーザーがを絶えず迎えることになります。日常業務のなかで、興奮した、考え方の偏執なユーザーがクレームを持ち込んでくるのが少なくありませんでした。林泳のなかで最も印象が強かったのは、内モンゴルから来た女の子だそうです。彼女は飛行機で上海までやってきて直接林泳の警務室を訪れました。彼女が大枚をはたいて他のユーザーからレア装備を買ったところ、「受け渡し」で問題が発生、彼女は急いでゲーム会社の本部まで、文字通り飛んできたといいます。つまりRMT(リアルマネートレード)のトラブルですね。距離的に、上海から東京に飛んでくるようなものです。

 林泳はこの件について、「この類のオフライン取引は確かな事実証拠を探すのが難しい、警察が通報を受けても、証拠不十分から立件できないことが多い。焦るゲームユーザーに対し、我々は根気強く彼らの気持ちを落ち着け、運営会社とユーザーの間に立って、矛盾を調和するしかない」といいます。てっきりクレーマーに「気合い入れ」して追い返すのが仕事なのかと思いましたが、中国の警察もなかなか大変なようです。

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林泳、常に安全意識啓発

 林泳は、日常生活でもネット安全意識の啓発を怠らないといいます。林泳が病院で母親を見舞った際、隣のベッドの患者の携帯電話着信音が聞こえてきました。携帯電話番号を音声で読み上げるものだったそうで、林泳はすぐにその患者に、「できれば番号を換えたほうがいい。あなたの着信音は、相手の電話番号を暴露しているし、あなたが電話をとると相手の名前を暴露することになる。そうなれば、相手の公民情報漏洩ではないか?」と告げたそうです。たしかに、「架電元の名前を読み上げてくれるアプリ」とか、情報吸い取りが捗りそうですね。真似しないようにしましょう。

 「このようなケースは他にも多い、今は科学技術が進歩し、経済も発展したが、人々の安全意識はまだ追いついていない」と林泳はいいます。

 日進月歩で発達するインターネット、その犯罪取り締まりに、パンチカード時代から取り組み続けている中国の警察官のお話でした。