
WiFiだけで壁越しの人体検知
WiFi信号の振幅と位相データ(CSI)をもとに、カメラやウェアラブルセンサーなしで人体の姿勢を推定するオープンソースプロジェクト「WiFi-DensePose」がGitHubで話題になっています。スター数は1万を超えているとのことです。
このプロジェクトの背景にあるのが、カーネギーメロン大学(CMU)の研究者らが発表した論文「DensePose From WiFi」です。著者のJiaqi Geng氏らは、WiFi信号の位相と振幅を深層ニューラルネットワークに入力し、人体表面の24領域をUV座標へマッピングする手法(DensePose推定)を提案しました。論文の要旨によると、WiFi信号のみの入力で画像ベースの手法と比較可能な精度で複数人のDensePose推定ができるといいます。
解析に使うのは、WiFiルーターの送受信電波に含まれるCSI(Channel State Information:チャネル状態情報)と呼ばれるデータです。CSIには信号の振幅と位相の情報が含まれ、室内にいる人の動きに応じて値が変わります。ニューラルネットワークにこの変動パターンを学習させ、姿勢の推定につなげます。
GitHub上にはRust版(v2)も公開しており、処理速度の大幅な改善をうたっています。READMEによると、CSI前処理はPython版の約1000倍、動き検知は約5400倍、フルパイプラインは約18.47マイクロ秒というベンチマーク結果が出ているとのことです。
必要なハードウェアは、ESP32-S3マイコン3〜6台とWiFiルーターの組み合わせで約54ドルから構築できるとしています。ただしCSIデータを正確に取得するにはCSI対応ハードウェアが必須で、一般的なWiFiアダプタだけではRSSI(電波強度)をもとにした粗い在室検知に限られるといいます。Intel 5300やAtheros AR9580などリサーチ向けNICにも対応しており、こちらは50〜100ドル程度だそうです。
壁越しでの人体追跡にも対応するとのこと。Fresnel帯域の幾何学計算とマルチパスモデリングを組み合わせ、最大5mの深度まで検知できるとのことです。呼吸(毎分6〜30回)や心拍(毎分40〜120回)といったバイタルサインの検出にも言及しており、災害時に瓦礫の下にいる生存者の探索への応用も想定しているそうです。
「Fresnel帯域(フレネルゾーン)」とは、電波が送信機から受信機に向かって飛ぶ際に影響を及ぼす、ラグビーボール状の楕円体の空間のことです。電波は見かけ上は一直線に飛びますが、この空間内の障害物が信号に影響を与えます。WiFi-DensePoseは、ゾーン内に人が入ったときの信号の乱れを利用して存在を検知しているわけです。
一方で精度面には課題もあります。Kaspersky Blogの解説によると、CMU研究者らのWiFi版DensePoseは写真ベースの手法より精度が有意に下がり、「ハルシネーション」も目立つといいます。非標準的な姿勢や2人以上がいる場面では特に難しくなるのだとか。実験条件も見通しや電波干渉などを厳密にコントロールした理想環境であり、現実世界で同じ精度を再現するのは困難だろうと指摘しています。
カメラを使わず映像を記録しない点では、むしろプライバシーに配慮した仕組みだともいえるでしょうし、介護施設での転倒検知や防犯目的の侵入者検知にも活用できそうです。ただし壁越しに人の動きを把握できる性質上、悪意ある利用への懸念も拭えません。
WiFi-DensePoseはMITライセンスで公開しており、READMEではDockerでの利用方法も案内しています。Docker Hub上にも同名のイメージがあるため、技術者であれば試しやすいでしょう。学術研究の成果をオープンソースで実用に近づけようとする取り組みですが、精度の課題や悪用のリスクを踏まえると、社会的な議論も今後避けては通れないかもしれません。




















